(1)
以下は、スポーツの分野におけるリーダーについて書かれた文章である。
リーダーと呼ばれる立場にある者は、専門性をつねに高めていく努力を怠ってはならないのだが、以前なら、専門書を読むとか、より高い知識を持つ人に訊たずねるとか、あるいは海外の最先端の情報を翻訳するなどすれば、ある程度は事足りた(注1)ように思う。いわゆる「受け売り」であっても、それなりにカバー(注2)できたのだ。
しかし、これだけ情報化が進むと、その程度の「知識」は、得ようとすれば誰もが得ることができる。誰もが知り得ていることを話しても意味はない。相手の行動を変えるきっかけにはなり得ない。つまり、もはや「受け売り」の専門性は通用しないということだ。誰もが知り得る知識を、より深めたものでなければ「専門性」にはならないのである。
そうした専門性を身につけるためには、自分自身がほかの人間が知り得ないことを見聞したとか、あるいは実際にそうした領域に足を踏み入れたとかして、獲得したものでなければ、共感は呼びにくくなるのではないだろうか。そういう専門性が、これからは求められるのではないかと私は思うのだ。
(中略)
つまり、専門性にはなんらかの裏付けが必要になる、リアリティを感じさせることが重要になるということである。
言葉を変えれば、「知っている」だけでは専門性にはならないということだ。「わかって」いなければならないということである。「知った」ことを、それまでの経験なども付け加えながら自分のなかで自分の言葉として置き換え、「わかる」に変換させなければ、専門性を高めたことにはならないのだ。
(注1) 事足りる:間に合う
(注2) カバーする:ここでは、必要を満たす