(2)
人はなにも考えないということはできません。考えていないようでも、いろんな記憶や印象や思いや感情がゴチャマゼ(注1)になって、決して筋道立ってなどいないでしょうが、なにかを考えてはいるのです。
(中略)
それを誰かに伝えなければいけないときは、私たちは、それを本の頁ページや原稿用紙のマス目に沿って絞り出すように、なんとかきれいに整えて「出力」していきます。そうでなければ、ほかの誰かは、あなたの考えを知ることも読むこともできないからです。
そうすることで、頭のなかが整理されたり、自分で思ってもいなかったような発想が浮かんでくることもあるでしょう。それこそが、書くことの恵みです。だから、ときどき私たちは、そうして出力されたものが、最初から頭のなかにあったかのように勘違いをしてしまいます。でも、当然のことながら、頭のなかが最初からそうなっていたわけではありません。逆に、書いたり読んだり反芻(注2)したりすることで、渾然(注3)一体としていた思いや感情や印象や考えの矛盾の「かたまり」のような豊かさが選別され、角を落とされ、成形されてしまうことも当然あります。これはある意味、とても惜しいことです。
なぜなら、そういう腑分けされて(注4)いない「かたまり」のような状態も、立派な「思考」だからです。そして、創造的な飛躍やひらめき、天から降ってきたようなアイデアというのは、こうした「かたまり」の思考がふつふつ(注5)と化学反応のようなことを起こして、自分でもわからないまま、その「すきま」からひょいと飛び出してきたものなのです。
(注1) ゴチャマゼになる:混ざり合う
(注2) 反芻する:繰り返し考える
(注3) 渾然一体としている:さまざまなものが混ざり合って一体となっている
(注4) 腑ふ分けする:分析する
(注5) ふつふつと:ここでは、次々と