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ガラス張りの床のある部屋で、赤ちゃんに自由にハイハイや寝返り(注1)などをさせる実験があります。床は一部が深く掘ってありますが、その上をガラスで覆ってあるので安全です。赤ちゃんは、最初は平気でガラス床の上をハイハイして通過します。ところが、ハイハイの経験が積み重なってくると、ガラス床の上には這はって出なくなります。転んだり落ちたりした経験があるからです。
これは重要なことです。なぜなら、ヒヨコでは異なる結果が出るからです。卵から孵かえったばかりのヒヨコを同じ床に置くと初めからガラス床の上に出て行きません。野生の世界では、ヒヨコは一度でもどこかに落ちたら助からない可能性が高い。だから落ちないように、生まれたときから「高いところは怖い」ことが脳回路にインストールされているのです。
一方、ヒトの場合は、生まれてから自分で移動できるようになることで、経験を通じて、つまり痛い思いを通じて、「高さ」に恐怖を感じるようになります。(中略)
見方を変えると、ヒヨコは本能で決まってしまっている範囲内でしか生きられません。でも、ヒトは後天的に(注2)学ぶために高い柔軟性を備えています。さらに一歩進めば、「怖いけれど、崖を下りてみよう」などと判断することもできますから、冒険の範囲が広がります。生まれた直後の判断能力は、動物たちのほうが高いかもしれませんが、ヒトの「初期能力の低さ」は、のちに「柔軟性の高さ」へと化ける、いわば先行投資。そのリターン(注3)は絶大で、充分に元がとれます(注4)。
(注1) 寝返り:寝ているときに体の向きを変えること
(注2) 後天的に:ここでは、生まれたあとで
(注3) リターン:ここでは、得られるもの
(注4) 元がとれる:ここでは、利益が得られる