(前略)三四年前にNASA(注1)の宇宙飛行士のAさんから話を聞く機会があった。
 Aさんが地球を眺めた感想は(41)。
 まるで見えない糸で釣られたガラス玉のようでした。もろくて、すぐこわれそうな気がしました。
 この印象はひどくぼくの胸を打った。そう、地球はもろいのだ。すぐにでも死滅してしまううっぽりな星屑なのだ。
 (42)その上に広大な大気と水と、何十億もの人間と、その何億倍かの生物がしがみついて住んでいるのだ。
 この感慨は、口ではいうのはたやすいが地上の人間には実感が湧きまい。地球を外から眺めた人間だけが抱くことの(43)。だが、そうはいっていられない。
 人間は、果てしなく賢明で、底知れずおろかだ。このこわれやすい地球に対してどう対処するかは、ここ二百年ぐらいで選択がきまる……でもこれは、やりなおしのきかない、一度限りの選択になるだろう。
 人間性原理、という理論物理学の考え方がある。(44-a)が存在するから(44-b)が存在するのだという論理である。あらゆる物理学上の問題を人間の立場で人間本位に考える、それはわれわれが人間だから仕方がないことだろうが、あまりにもエゴイスティック(注2)で他の生命体に差別をしすぎるのじゃないか、というも首をかしげる(注3)
 (中略)運命共同体としての生きもの、その一員にしかすぎない人間、という解釈を持っている【45】。(中略)
 宇宙に人間がもっと旅立っていけば、宇宙飛行士Aさんのような感慨を抱く人はもっとふえ、地球という運命共同体の中で生きものと人間との暖かいふれあい、助けあいの運動は大きく進むだろう。
 (手塚治虫「この小さな地球の上で」「NHK地球大紀行 1 水の惑星・奇跡の旅立ち 引き裂かれる大地/アフリカ大地溝帯」日本放送出版協会による)
(注1)NASA:アメリカ航空宇宙局
(注2)エゴイスティック:自分勝手、自分の利益だけを求めて考えたり行動したりすること
(注3)首をかしげる:不審に思う、疑問があるので首を傾ける

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