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 周囲のだれもがそれらしい気配を見せていないにもかかわらず、ひとりだけすべての人にさきがけて風邪をひいてしまうくらい、愚かしいことはない。明らかに頭痛があり、熱も上がり、鼻水もたれ、咳をし、目が充血し、風邪であることを示すあらん限りの兆候を並べたててみせても、人はたいてい「本当かしら。」という目で見るだけで、決して同情はしてくれない。仮病とはみなされないまでも、何かしら本人の落ち度によるものではないかと疑われ、こちらがちょっと油断をすると、むしろ①非難されかねないのである。
人一倍ナイーブな感受性があったればこそ、未知のインフルエンザ(注1)・ビールス(注2)の飛来をいちはやく感知したのかもしれないのであるから、それを本人の落ち度呼ばわりされてはたまったものではないが、②時代の先行者というものは得てして(注3)、そのような孤独を味わされるものなのである。しかも、そのインフルエンザがいよいよ猛威をふるい、周囲のほとんどすべての人々が風邪でバタバタと倒れ始めたとき、当の本人はケロリと治ってしまっているのだから、よりいっそう③始末が悪い。こちらが苦しんでいるときには同情もしなかったくせに、一般大衆という奴は、みんなが苦しんでいるときにひとりだけ元気な人間がいるのを見ると、まるで人でなしみたいに考える傾向があるのだ。
 風邪は、日常やや親密につきあっている人が三十人いるとして、その五人目ぐらいに感染してみせるのが、いちばんいい。五人目となると、周囲もその種の事柄にかなり敏感になっているから、ほぼ鼻をすするってみせたくらいで「あな た、風邪じゃない?」と、向こうから引っかかってくるし、まだ流行は食いとめられるかもしれないという可能性が残されているから、看病にも熱が入る。すでに風邪をひいている人間は、先行者としての体験を話したがるし、まだひいていない人間は、用心のためにこちらの容態を確かめたがるから、おのずから病床も、にぎやかなものとなる。
 三十人のうち、十人以上が風邪をひいてしまったら、もうその後では風邪なんか、ひかないほうがいい。「十七人目だよ。」ということになれば、もうだれも感動はしてくれないし、「おや、あいつもかい。」という程度に軽くいなされ、「これはもう、流行するだけ流行させてしまわなければとまるものではない。」とみんな考え始めているから、看病も勢いがいかげんなものとなり、「温かくして寝ていることさ。」とこちらを病床に残して、みんなで遊びに出かけてしまったりする。だれもいない家の中で、ひとり風邪で寝ているくらい、惨めなものはない。
(注1)インフルエンザ:広義の風邪、風邪の一種でインフルエンザ・ウィルスが原因
(注2)ウィルス:目には見えない小さい生物の一種、ウィルス
(注3)得てして:ある状況になりやすいようす

1。 (66)①非難されかねないのとあるがどのような非難か。

2。 (67)筆者が言っている②時代の先行者とは具体的にどんな人のことか。

3。 (68)③始末が悪いとあるがどのようなことか。

4。 (69)この文章で筆者が最も言いたいことは何か。